3号機建屋に近づき停車し、隊長が下車しようとした瞬間だった。午前11時1分、爆発音がとどろいた。3台とも横転し、降ってきたコンクリートの固まりやがれきの中に埋まった。小型トラックのフロントガラスは粉々に砕け、水タンク車のタンク部分が大きくへこんだ。隊員らは、がれきをかき分けて脱出。化学防護服が破れた隊員もいた。
東京・練馬のCRF司令部が異常事態を知ったのは、水素爆発が起き、「自衛隊員行方不明」を報じるテレビのテロップだった。「安否を確認しろ!」「つながりません」「何とかしろ」。オペレーションルーム内は怒号が飛び交った。携帯電話はつながらず、無線も機能しない。緊張は高まるばかりだった。
6人中4人が負傷し、千葉県の放射線医学総合研究所に搬送された。放射線量は20ミリシーベルト程度で内部被ばくはなく、大事に至らなかったとの報告が司令部に届き、宮島司令官らはようやく胸をなでおろした。
この後、防衛省・自衛隊は東電への不信感を強める。中特防隊員ら約180人は14日夜、約60キロ離れた陸自郡山駐屯地(福島県郡山市)へと後退した。CRFは「しばらく給水はできず、除染所の場所選定作業を急ぐため」と説明したが、陸幕幹部は振り返る。「東電が『大丈夫です』というから部隊を出した。一歩間違えば命を落としていた。東電の情報は信じられなくなった。正確な情報がないと部隊は動かせない」




